2008年3月29日土曜日

ちょっ

怒りのあまり頭に角が? 少年がヘッドバンドに挟んでいるのはパン。値上げに対する抗議の意思を示した。イエメンの首都サヌアで物価上昇に抗議するデモが行われ、大勢の市民が座り込みに参加した(27日)(EPA=時事)28日11時27分更新 [http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080328-00000006-jijp-int.view-000]
うーん、八墓村?

2008年3月28日金曜日

2008年3月1日 スルタンアフメト・モスク


これはモスク内ですね。さまざまな国からの観光客で、スルタンアフメット内も周辺もにぎわっていました。







むーん、荘厳、という言葉がピッタリな建物でした。スルタンアフメト・モスクに関するリンクを貼っておきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF

2008年3月27日木曜日

娯楽について

これもイエメン入国以前からの懸念事項でしたが、

ねーよ!そんなもん!パート2

僕がつまらない男というのもあるかも知れませんが、授業後の夜も週末もかなりの割合で勉強に費やしていますね。こうやってネットの閲覧くらいが唯一の娯楽かも。

格好つけているわけでもなくて、酒は飲めませんしねぇ、気軽にアクティビティができるような場所もないんです。

で、学校のみんなはどうしているか? ひたすらサナアの旧市街を散策するひと。パソコンのボリュームを最大限にしてポップスを真夜中に歌っているひと。わざわざ高級ホテルに行ってアルコール類を買ってくるひと。

ずっとDVDでコーランを聴いているひと。行動範囲は狭くともみなさんそれなりに楽しんでいるようです。

で、僕はというと今のところ刺激的な余暇の過ごし方は、みつかっていません。でも不思議とストレスにはならないんですよ。

思うにですね、多分みぃんなが同じ状況だから許容できている、というのが理由でしょうか。いずれにせよ、どうでもいい出費もしないで済むし、学習には最適な環境かも知れません。
でもやっぱり、気の合う仲間とのお酒は至高のときです。はーっ、0ビスビールが恋し。

アッチ関係のはなし

期待している方、多いでしょう。

ねーよ!そんなもん!

某助先輩は非常にそのことに関心を寄せておられました。期待を裏切るようですが、イエメンはアッチ関係に関しては地の最果てでござんす。

ですがね、人間はそんな環境にも順応するものなんですね。なんといいますか、インフォメーションが日本にいたころからアップデイトされていないので、といっても要領は極極極小ですが、すんごく鈍感になっています。

あまり不自由は感じませんね。少し日本がカオス過ぎる面もあるのでは。
かといって!ソッチに目覚めたわけではないですからね!悪しからず。
ということで日本の男性陣、わかってもらえてかな?

イエメン女性への一考察

イエメン入国時の話はまたいずれ。

最近はですね、生活のリズムが出来てきまして環境的にも申し分のない毎日をおくらせて もらっています。

日本語のアップがなかなかできなかったので、ちょっと飽きられちゃったかしら。

朝8時から授業が始まります。お相手はウサマ先生です。授業は英語で進みますが、かなり丁寧に教えてくれます。僕が珍答をすると、"イッヒッヒ"と、かのエディ'マーフィ氏のように笑われます。紳士的で優しい先生です。

午前は10時までの2時間、午後は3時30分から5時30分の計4時間です。なーんだ、と思われる方もいらっしゃると思いますが、宿題と予習、日本から持参したアラビア語の参考書を読んでいるとあっと言う間に、日付が。。。

授業の話にもどりますと、午後はアマル先生です。ノリのいい楽しいおっちゃんです。やる気のない時は露骨に態度にあらわしますが、徹底して基本を大事にする教授法なので、自分の力が伸びていることを実感させてくれます。そろそろ1カ月なので、印象が変わるようなことはないと思います。

イエメンに行く前に多くの、というかほぼ男性からですが、。。。な心配ばかりされました。特に某本くんに某澤くん、そして某助くん!

イスラム圏ということで、ポルノの類はたしかに皆無です。イエメンの状況のみですが、街の広告なども男性の被写体しかありませんし、そういった"雰囲気"のような場所も皆無です。

街ゆく女性は皆、アバーヤという黒い布で全身を覆い、 顔面をヒジャーブという頭巾を被っているので目しか判別できません。最初は薄気味悪かったものですが、慣れ始めると、ちょっとわが国のナデシコたちは露出が多いのでは。。。と思えてきます。余計なお世話ですよね。

かといって、イエメンの女性たちがオシャレを楽しんでいないか、というとそうでもないようなのです。現在の日常生活でイエメンの女性とかかわることはゼロですが、街ですれちがいざまに観察をしていますと、一見おなじアバーヤでも、ちょっと材質がちがったり、光沢のあるビーズがあしらわれていたりと結構多様です。

そして何といっても足下の裾からはみ出るジーンズ。だいたいこれで年齢層を予想します。なんだか完全に変態ですが、これもイエメンの現状を伝えるという目的のため。苦しい言い訳ですがご容赦を。

2008年3月24日月曜日

What's the happening in Sana'a.

★イエメンで迫撃砲爆発、13人負傷 標的は米大使館か

イエメンの首都サヌアで18日、女子学校の敷地に迫撃砲が撃ち込まれ、生徒13人が負傷した。

米国務省は同日、攻撃の標的が学校近くの米大使館だったとの見解を示した。 国務省は一方、捜査が依然としてア行中であるとして、詳細を公表しなかった。 イエメン政府によると、負傷者13人のうち3人は重体。

同国政府は、同学校の校長をめぐる 個人的な争いが攻撃を招いたと主張し、米大使館との関連を否定している。 一方、周辺の事情に詳しい情報筋がCNNに語ったところによると、イエメン政府はこの攻撃を 「テロ事件」として捜査しており、犯人の捜査に乗り出したとみられる。

負傷者の中には大使館を 警備していたイエメン兵士が含まれていたとされ、政府が「警備上の不備から注意をそらす」 目的で、学校内部の紛争を指摘している可能性もあるという。

http://www.cnn.co.jp/world/CNN200803190011.html

2008年3月21日金曜日

Although it’s more likely that the mortar attack’s main target was the U.S. Embassy, students at the adjacent girls’ school are the ones paying the price.

SANA’A, March 19 — Students at the July 7 High School for girls remain shocked after their school was bombarded by three mortar rounds that exploded in the perimeter between the school and the U.S. embassy compound in Sana’a on Tuesday afternoon.

One Yemeni security guard stationed at the site died and five additional security personnel were injured. Also injured were 13 girls, three of whom are in critical condition and were flown to Jordan for urgent medical care.

Only a few girls dared attend school on Wednesday, while others remained at home to recover from the shock. Both the schoolyard and the neighborhood were packed with security still investigating the incident and attempting to restore stability.

[Yemen Times:Issue: (1139), Volume 18 , From 20 March 2008 to 23 March 2008 ]

wish peace.

2008年3月19日水曜日

can not type Japanese...

ummm. YIAL no PC de NET ga etsuran dekiru youni wa natta keredo...
nihongo ga utema shen!

seikatsu ha juncho desuga, nihon no mina san ha ogenki desyouka?
mina san sorezore no michi de kouhuku to sukoshi no odoroki ga arankoto wo negatte imasu.

2008年3月13日木曜日

3.2サナア

到着ゲートの周辺は深夜だというのに,すさまじい人だかり。みなさんワタシにものすっごい注視を浴びせます。ううっ

空港内は軍人さんもいっぱいです。カート(詳細はいずれ)をカミカミ,タバコをスパスパしながら警備をされています。もちろん脇には機関銃を携えて・・・

地球の歩き方に書いてあったルートで市内を目指すことを決めてはいましたが,如何せん深夜なので,タクシーは走っていても宿がありません。なので空港泊を試みます。

だけどまったく,現地の方々が立ち去る気配は見せず,ガヤガヤとしていました。明かりは煌々と着いていますし,袴の荷物も心配でしたのでまったく眠れず。

同じように朝を待つ,イタリアから来られたジャンルカさんと以前書いた中国からのおっちゃん・シェンさんと仲良くなりました。お互いのことや,旅のこと,もろもろを話しました。

すると,何だか人だかりに囲まれ始めました。どうやら私たち3人がとても珍しかったようで,イエメンのひとたちが寄ってきだしたようなのです。お互いカタコトの英語とアラビア語でコミュニケーションを取ります。

どっからきた?嫁はいるんか?日本はビジネスがすごいなぁ!イタリアはサッカー強いなぁ!バナナは好きか?

矢継ぎ早に質問が飛んできます。彼らはサウジアラビアから帰ってきたところだと言います。身なりはみぃんな粗雑で,大半が裸足でした。総じて右手の親指が緑色に染まっていました。総勢30人くらいの男性に囲まれると,さすがに息苦しいです・・・
と,あまりにうるさいからか,軍人に怒鳴られ,制止されてしまいました。

私たち3人は離れた座席に移動。すると,彼ら全員,正座をさせられてしまいました。

移動した座席に座っていたイエメン人の男性が話しかけてきました。かなり上等のスーツを召されています。アフマドさんというお医者さんだそうで,サウジのリヤドから帰ってきて,同じサウジのジェッダから友人が5:00着の便で来るので待っているそうです。

「あの大勢の人たちは何者ですか?」私はたずねました。
「ああ,彼らは不法就労者だよ。サウジから強制送還されて来たんだ」アフマドさんが答えました。

イエメン,初日からすごかったです。あまりにもすごい現実が,私の眼前に存在していました。確証を残すため,写真を撮っておきたかったのですが,空港内・近辺は撮影禁止でした。

つづきは次回。

3.1イスタンブール~3.2イエメン・サナア

3.1 20:00発 トルコ航空,イエメン・サナア行。到着予定時刻はイエメン時間で深夜1:30。6時間の飛行です。座席は右隣にたぶん中国人のおじちゃん(後述),窓側には中央アジア系のおばちゃん。

離陸してからおじちゃんは後部の空席に移っていきました。途中でおばちゃんに,「ル93ふぇwhdfwjdj,ルースキー?」と聞かれました。たぶん,アンタはロシア語できるかえ?と言っているんだろうと思い,「ニエット,ヤボンスキー」と答えたら,おばちゃんガッカリ・・・

小型のエアバスで,狭い機内でしたが成田発よりも機内食はうまかったです。そうしていると,入国カードが配られ始めました。どっちが裏か表かはわかりませんが,英語の面とアラビア語の面がありました。

サラッとアラビア語で書きたかったところでしたが,紛うことなく英語で記入。書き終わったところで窓側のおばちゃんみたら,困り顔。助けを求められました。どうやらまったく英語が解せない様子。

パスポートと航空券,ビザのコピーを拝借し記入。御婦人はウズベキスタンから来られたアフマダさんという方でした。かなりふくよかな方で,狭い座席に苦しんでおられました。アフマダさんのビザの職業欄をみると「Neurosurgery Doctor=神経外科医」と英語で書かれていました。すごいです。

渡航目的は観光のようです。ちゃっちゃと済ませて眠ろうと試みるも,まったく眠れず。結局,1:40にサナア空港に到着。事前に東京でビザを取っていたおかげで入国はスムーズ。換金をして,空港の椅子で朝まで眠ろうしましたが・・・

2.29トルコ~


2.29 14:25 のトルコ航空に乗るため成田へ。チェックアウトの時の日本航空のアテンダントさんが,僕のパスポートに貼ってあるイエメンの観光ビザをまじまじと見て,「珍しいですねぇ」と言った表情がなんとも可愛らしかったです。

わざわざ見送りに来てくれた父親と別れ,トルコ航空でイスタンブールへ。13時間の飛行でしたが,機内ではビールを何杯も飲んで,座席のモニターでソリテアやマインスイーパなどのク○ゲーをして過ごしました。

トルコ映画もトライしましたが,あえなく挫折。そうこうしているうちにイスタンブールに到着。3年ぶりくらいの海外です。入国も非常にスムーズでした。サーオル・・・

メトロとトラム(トルコ版都電か?)を乗り継いで,バックパッカーズが密集しているスルタンアフメットへ。空港でもそうでしたが,トルコの若者はアジア人と,特に日本人とわかるとかなりしつこくどこかへ連れて行こうとします。

英語でまくし立ててやると,凹んで去っていきます。うーん・・・
しっかし,夜だからかイスタンブールは不気味な印象を僕に与えました。かなり交通の便もよく,街並みも洗練されているようなのですが,なにか荒涼としているというか,怪しげな様相をみせてました。

空港から40分ほどでスルタンアフメット(=ブルーモスク)へ。世界遺産登録されているスルタンアフメット。闇夜のなかにライトアップされたモスクの,その荘厳さと美麗さに圧倒されました。

3度の機内食で満腹だったので,そのままバックパックで一泊。翌日,ふたたびスルタンアフメットへ。やはりすごい外観です。いざモスク内へ・・・

んー,観光客だらけなのと,モスク内も修繕されており,あまりにキレイ過ぎて・・・
500リラを寄付して,次の世界遺産・トプカプ宮殿へ。

トプカプも・・・まぁ,見る人それぞれでしょうが,華美な宮殿よりもトプカプの丘から見えたボスポラス海峡は僕の心を揺さぶりました。対岸のモスク,フェリー,あたたかな太陽とボスポラス海峡の風・・・ほんとうに遠くに来たな,と格好悪くも感傷に浸ってしまいました。

もう遺跡はいいか,と近くの公園でサンドウィッチを食べ,市内をブラブラして17:00頃にふたたびイスタンブール・アタテュルク国際空港へ。空港のバーガーキングで夕食。チェックインを済ませ,搭乗ゲートでまったり。20:00発のトルコ航空・サナア行のゲートには,もはや日本人らしきひとの姿は見られず。

かなり疲れていましたが,離陸しても眠れず・・・

2008年3月11日火曜日

アラビア語学校

学校と寮がいっしょになっています。僕は学校の2階に住んでいます。
教室は1階もしくは2階です。

授業は午前10時から午後3時までです。
午前はウサマ先生で,歳はぼくと同じくらいだとおもいます。
午後はアマル先生,小太りのおっちゃんです。

教室と部屋の往復の毎日ですが,まぁ集中して語学習得ができるので環境としては問題ありません。
ただ個人授業なので,文法などの情報をインプットするのは早いですが,たくさん使うアウトプットには向いていません。まぁ,初級学者なのでいまは土台づくりの毎日です。

2008年3月6日木曜日

地図のない街

サナアは地図がないのです。正確にいうとあるらしいのですが,街の本屋や観光省にはありませんでした。ワオ・・・理由を,あるひとは「他国に攻められないためじゃ」,あるひとは「新しいものを作っている途中なんだよ」・・・さまざま。

なので,現地のひとに聞きながら目的地を目指します。地球の歩き方の地図が生命線です。僕は地球の歩き方を,ちょっと恥ずかしいものだと思っていましたが,今では地球の歩き方さまさまです。

昨日から授業が始まりました。1対1でしたが,教え方は丁寧に感じましたよ。午前はウサマ先生で午後はアマル先生でした。まぁ,はじまったばかりです。

そう,学校のコンピューターはWin XPなのですが,設定がアラビア語で使うのに苦労します。インターネットも試みましたが,日本語サイトは見れませんでした。コントロールパネルの設定をいじりましたが,だめでした。

なので,この更新も中心地タハリールのネットカフェからです。どなたか,日本語設定に詳しいかたがいましたらお知らせください。

2008年3月4日火曜日

明日から学校です。

サナアに来てから3つほどアラビア語学校を見てまわりました。
市内をひとつと,少し離れたところ。結局,学校と寮がひとつの建物の後者に決めました。

Yemen Institue for Arabic Language(YIAL)というところです。さっき見てきましたが,生徒はヨーロッパ人が多かったですね。といっても7人ほどですが・・・

寮の部屋も悪くなかったし,ネットもあります。問題は授業ですが,当初は複数人のクラスに行きたかったのですが,どの学校も生徒が少なく1対1の個人レッスンか,2人クラスだと説明されました。

YIALでは,1対1の個人授業を受けることにきめました。当初よりも少し高くつきましたが,僕は初級からはじめたいので,これでよしとしましょう。
個人授業なので今週の土曜日からでなく,明日からはじまることになりました。あーアラビアンスタイル・・・

授業は10~12時,13~15時の計4時間です。まぁ,ひと段落ついて後は勉強するだけです。やってやりますよ。

ブログを見てくださっている皆様,ありがとうございます。お手数とは思いますが,ガンガン コメントを書き込んでやってください。どうぞよろしく。

2008年3月2日日曜日

I'm in Arabia Felix

2月29日にトルコ航空でイスタンブル。1泊して3月1日20:00時の便で深夜の2時にイエメンの首都・サナアに到着。とにかくすごい国です。思ったよりも清潔で,今のところ不安はあまりないですね。不足の事態で大学を留年しそうになりましたが,なんとか追試のレポートを出して卒業できるようになりました,シュクラン・ジャズィーラン。

トルコでの一泊など書きたいことはもろもろありますが,のちほど。
このブログはサナア市内のネットカフェからアップしています。一応の生活環境は整いそうです。

だいご 現地時時間3月2日の午後4時