ブログを更新せず本当に申し訳ありませんでした。
次の滞在先はシリアの首都・ダマスカスです。
またブログ始めます。
新しいブログのURLです。 http://damaore.blogspot.com/
2008年9月25日木曜日
2008年5月29日木曜日
帰国しました。
何とか家族,そしてみなさんの支えで3ヶ月の留学を無事に終えることができました。ありがとうございました。アルハンドリッラー。
26日の深夜にサナアを経ち,イスタンブルで11時間ストップ。それから成田へ。
いまも日本にいるのが信じられません。
というのも毎日授業がありましたし,最終日にはテストがあり,最後まで緊張感があったので切り替えが難しく帰国という現実が遠くに感じられました。
帰国して1日が経ちましたが,そうとうに疲れています。が,早急に始動したいと思っています。
26日の深夜にサナアを経ち,イスタンブルで11時間ストップ。それから成田へ。
いまも日本にいるのが信じられません。
というのも毎日授業がありましたし,最終日にはテストがあり,最後まで緊張感があったので切り替えが難しく帰国という現実が遠くに感じられました。
帰国して1日が経ちましたが,そうとうに疲れています。が,早急に始動したいと思っています。
2008年5月23日金曜日
サナア旧市街
ここはほんとうに不思議なところです。なんど行っても、同じ場所を通っても、受ける印象は異なります。行き交う人々、声をかけてくる子供、すぐ横をいくロバ。。。いったい今、おれは何時の時代にいるのか? という錯覚におちいります。ここに来るだけでも、イエメンにきてよかった、と思うことができます。
2008年5月22日木曜日
もうあと1週間

みなさん元気でしょうか?
もうそろそろで帰国です。ご無沙汰しています。みなさん、ごめんなさいね。
もう5月に入って停電ばっかです。ブログ更新の言い訳ではないんです。
もう5月に入って停電ばっかです。ブログ更新の言い訳ではないんです。
毎日3〜4回は電気が落ちます。その度に"カハラバ、カハラバ[アラビア語で電気の意]"と騒がしくなります。
おもしろかったのは、会話の授業でいざこれからPCを使うという時に、"ピューン"と電気が落ちたことがありました。その度に先生は"政府はなにをやっているんだ!"と憤慨しています。
ネットもつながらない日が長く続き、ストレスになるのでまじめにチェックしていませんでした。
画像はトライしていますがなかなかUPできないので、日本に帰国してから更新しようと思います。
写真は警備員のアブドカーディルくん[23歳'既婚]のお宅に招かれた時のものです。くつろいでますねぇ。
2008年4月25日金曜日
最近のイエメン
今月に入って、アメリカ大使館職員の集住地域に迫撃砲が撃ち込まれました。つづいて、カナダ系の石油会社のタンクが爆破されました。これにより、アメリカ合衆国は大使館職員を含む、在イエメンのアメリカ人の早期帰国と退避勧告を発令しています。
イギリス大使館もこれに続いて、イギリス人に対してイエメンへの入国拒否を発令しました。
状況はまだまだ変わりそうです。
つい最近のイエメン南部のアデンでの、日本郵船タンカー襲撃といい、何かと物騒です。
なんの取り柄もない僕の、イエメンでの留学珍道中を通して、おもしろおかしいイエメンの日常を、blogを見てくださるひとたちに知ってもらいたくてはじめたのに、最近は本当に心苦しいことばかりです。
学校の寮のアメリカからの留学生もどんどん帰国し、来週にはアメリカ人はついにひとりになります。
日本大使館からは、今のところ日本人に対しては特に何も警告などは出されていません。
でも本当はイエメン人たちはいいひとばかりです。なんてやさしい文句はかけたくありません!
生命の危険にさらされるような国に、だれが喜んでいくでしょうか?
企業は安心して、技術や人材を流すことはできません。
資本も逃げて行くばかりです。
イエメン政府はもっと、真剣に対策を考慮すべきです。
これではいつまで経っても、世界最貧国という汚名はついてまわります。
名実ともに"幸福のアラビア"を取り戻してほしい、ぼくの願いです!
イギリス大使館もこれに続いて、イギリス人に対してイエメンへの入国拒否を発令しました。
状況はまだまだ変わりそうです。
つい最近のイエメン南部のアデンでの、日本郵船タンカー襲撃といい、何かと物騒です。
なんの取り柄もない僕の、イエメンでの留学珍道中を通して、おもしろおかしいイエメンの日常を、blogを見てくださるひとたちに知ってもらいたくてはじめたのに、最近は本当に心苦しいことばかりです。
学校の寮のアメリカからの留学生もどんどん帰国し、来週にはアメリカ人はついにひとりになります。
日本大使館からは、今のところ日本人に対しては特に何も警告などは出されていません。
でも本当はイエメン人たちはいいひとばかりです。なんてやさしい文句はかけたくありません!
生命の危険にさらされるような国に、だれが喜んでいくでしょうか?
企業は安心して、技術や人材を流すことはできません。
資本も逃げて行くばかりです。
イエメン政府はもっと、真剣に対策を考慮すべきです。
これではいつまで経っても、世界最貧国という汚名はついてまわります。
名実ともに"幸福のアラビア"を取り戻してほしい、ぼくの願いです!
2008年4月17日木曜日
。。。
イエメンの裁判所、8歳の少女の離婚を認める イエメンの裁判所は15日、失業中の父親に結婚を強制された8歳の少女による離婚申し立てについて、 離婚を認める裁定を下した。
当日行われた公開審理によると、まだ小学校2年生のNojud Mohammed Aliちゃんは、今年に入って 28歳の男性との結婚契約書に署名させられた。18歳までは自宅で両親と一緒に暮らすとの 約束だったが、その1週間後に、男性との同居を両親から強制されたという。
この男性は「本人とその両親の合意の上で結婚した」と主張。判事の質問に対しては、「結婚の 契り(=性交)」は交わしたが、暴力はふるっていないと証言した。ただ、裁定には従うとしている。 結婚を強制した父親は、「娘が誘拐されるのがこわかったために(嫁にやった)」と証言した。
数年前に長女が男に誘拐されてこの男の妻となり、さらには結婚して子どもが4人いる別の娘も 同じ男に誘拐されたという過去があるという。この男は、誘拐罪などで現在服役しているという。 離婚が認められたことについて、Nojudちゃんは「とてもうれしい。これで学校に戻れる」と喜びを 語った。
父親に会いたくないので今後は母方の叔父の家で暮らすという。 最貧国の1つであるイエメンでは、結婚最低年齢を規定する法律はない。弁護士によると、 Nojudちゃんのようなケースはこの国では珍しくなく、その数は数千件にものぼるのではないかという。 したがって、複数の市民団体が結婚最低年齢を法律で18歳に規定するよう議会に働きかけているという。
(c)AFP 2008年04月16日 18:16
これだけでこの国を"狂っている"とは断定できませんが、貧困というのは壮絶です。
当日行われた公開審理によると、まだ小学校2年生のNojud Mohammed Aliちゃんは、今年に入って 28歳の男性との結婚契約書に署名させられた。18歳までは自宅で両親と一緒に暮らすとの 約束だったが、その1週間後に、男性との同居を両親から強制されたという。
この男性は「本人とその両親の合意の上で結婚した」と主張。判事の質問に対しては、「結婚の 契り(=性交)」は交わしたが、暴力はふるっていないと証言した。ただ、裁定には従うとしている。 結婚を強制した父親は、「娘が誘拐されるのがこわかったために(嫁にやった)」と証言した。
数年前に長女が男に誘拐されてこの男の妻となり、さらには結婚して子どもが4人いる別の娘も 同じ男に誘拐されたという過去があるという。この男は、誘拐罪などで現在服役しているという。 離婚が認められたことについて、Nojudちゃんは「とてもうれしい。これで学校に戻れる」と喜びを 語った。
父親に会いたくないので今後は母方の叔父の家で暮らすという。 最貧国の1つであるイエメンでは、結婚最低年齢を規定する法律はない。弁護士によると、 Nojudちゃんのようなケースはこの国では珍しくなく、その数は数千件にものぼるのではないかという。 したがって、複数の市民団体が結婚最低年齢を法律で18歳に規定するよう議会に働きかけているという。
(c)AFP 2008年04月16日 18:16
これだけでこの国を"狂っている"とは断定できませんが、貧困というのは壮絶です。
2008年4月10日木曜日
Ana Yemeniy !?
2008年4月3日木曜日
オーストラリア首都はシドニー? 誤報で女子アナ処罰
中国の中央電視台(CCTV、中央テレビ)が番組内で「オーストラリアの首都はシドニー」と誤った情報を伝える例がこのところ続いており、問題になっている。3日付で新聞晨報が伝えた。(サーチナ・中国情報局)[http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080403-00000019-scn-cn]
くぷぷ。さきほどyahoo!japanのNEWSを見て、ゲラゲラ笑ってしまいました。
こらぁ、仕方ないよなぁ。高校のときに、オーストラリアにバックパック旅行で行って、非常に住みやすい国だと感じました。去年の捕鯨問題のように、少し環境に対して熱烈すぎる面もありますが、僕のあったオージーはひとあたりも良かったように記憶しています。
で、このアナウンサーさんを処罰ってのもかわいぞうな。現豪首相が親中と呼ばれるラッドさんだから、中国政府はよけいに気を使っているのでしょうか。
みなさん、オーストラリアの首都を知ってますか?
答えはキャンベラです。知ってるって?
キャンベラは1週間ほど、周辺の地域への観光も含めて滞在しましたが、つまらん!
政策として開発された都市なので、まず街全体が整然とし過ぎていて気味が悪いです。それをキレイだ、と思われる方もいらっしゃると思うので申し訳ないのですが、それと人通りが少な過ぎる。まるでSF映画のような景観でした。
それにくらべるとシドニーはまったく異なり、たくさんのひとや喧騒で、きらびやかでした。ただ、地下鉄やバス停で地ベタに座っているアボリジニーのひとたちを目にすると、オーストラリアの根本的な問題をかいま見たように思いました。
ニュージーランドとも共通していますが、双方の豪の都市もほんとうに道路や道端にゴミが落ちていなく、日本も見習うべき点は多大にあると思います。
どうでしょう。世界的に統計をとっても、オーストラリアの首都はシドニーと回答するひとは多いんじゃないでしょうか。
くぷぷ。さきほどyahoo!japanのNEWSを見て、ゲラゲラ笑ってしまいました。
こらぁ、仕方ないよなぁ。高校のときに、オーストラリアにバックパック旅行で行って、非常に住みやすい国だと感じました。去年の捕鯨問題のように、少し環境に対して熱烈すぎる面もありますが、僕のあったオージーはひとあたりも良かったように記憶しています。
で、このアナウンサーさんを処罰ってのもかわいぞうな。現豪首相が親中と呼ばれるラッドさんだから、中国政府はよけいに気を使っているのでしょうか。
みなさん、オーストラリアの首都を知ってますか?
答えはキャンベラです。知ってるって?
キャンベラは1週間ほど、周辺の地域への観光も含めて滞在しましたが、つまらん!
政策として開発された都市なので、まず街全体が整然とし過ぎていて気味が悪いです。それをキレイだ、と思われる方もいらっしゃると思うので申し訳ないのですが、それと人通りが少な過ぎる。まるでSF映画のような景観でした。
それにくらべるとシドニーはまったく異なり、たくさんのひとや喧騒で、きらびやかでした。ただ、地下鉄やバス停で地ベタに座っているアボリジニーのひとたちを目にすると、オーストラリアの根本的な問題をかいま見たように思いました。
ニュージーランドとも共通していますが、双方の豪の都市もほんとうに道路や道端にゴミが落ちていなく、日本も見習うべき点は多大にあると思います。
どうでしょう。世界的に統計をとっても、オーストラリアの首都はシドニーと回答するひとは多いんじゃないでしょうか。
2008年3月29日土曜日
ちょっ
怒りのあまり頭に角が? 少年がヘッドバンドに挟んでいるのはパン。値上げに対する抗議の意思を示した。イエメンの首都サヌアで物価上昇に抗議するデモが行われ、大勢の市民が座り込みに参加した(27日)(EPA=時事)28日11時27分更新 [http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080328-00000006-jijp-int.view-000]うーん、八墓村?
2008年3月28日金曜日
2008年3月1日 スルタンアフメト・モスク

これはモスク内ですね。さまざまな国からの観光客で、スルタンアフメット内も周辺もにぎわっていました。



むーん、荘厳、という言葉がピッタリな建物でした。スルタンアフメト・モスクに関するリンクを貼っておきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF
2008年3月27日木曜日
娯楽について
これもイエメン入国以前からの懸念事項でしたが、
ねーよ!そんなもん!パート2
僕がつまらない男というのもあるかも知れませんが、授業後の夜も週末もかなりの割合で勉強に費やしていますね。こうやってネットの閲覧くらいが唯一の娯楽かも。
格好つけているわけでもなくて、酒は飲めませんしねぇ、気軽にアクティビティができるような場所もないんです。
で、学校のみんなはどうしているか? ひたすらサナアの旧市街を散策するひと。パソコンのボリュームを最大限にしてポップスを真夜中に歌っているひと。わざわざ高級ホテルに行ってアルコール類を買ってくるひと。
ずっとDVDでコーランを聴いているひと。行動範囲は狭くともみなさんそれなりに楽しんでいるようです。
で、僕はというと今のところ刺激的な余暇の過ごし方は、みつかっていません。でも不思議とストレスにはならないんですよ。
思うにですね、多分みぃんなが同じ状況だから許容できている、というのが理由でしょうか。いずれにせよ、どうでもいい出費もしないで済むし、学習には最適な環境かも知れません。
でもやっぱり、気の合う仲間とのお酒は至高のときです。はーっ、0ビスビールが恋し。
ねーよ!そんなもん!パート2
僕がつまらない男というのもあるかも知れませんが、授業後の夜も週末もかなりの割合で勉強に費やしていますね。こうやってネットの閲覧くらいが唯一の娯楽かも。
格好つけているわけでもなくて、酒は飲めませんしねぇ、気軽にアクティビティができるような場所もないんです。
で、学校のみんなはどうしているか? ひたすらサナアの旧市街を散策するひと。パソコンのボリュームを最大限にしてポップスを真夜中に歌っているひと。わざわざ高級ホテルに行ってアルコール類を買ってくるひと。
ずっとDVDでコーランを聴いているひと。行動範囲は狭くともみなさんそれなりに楽しんでいるようです。
で、僕はというと今のところ刺激的な余暇の過ごし方は、みつかっていません。でも不思議とストレスにはならないんですよ。
思うにですね、多分みぃんなが同じ状況だから許容できている、というのが理由でしょうか。いずれにせよ、どうでもいい出費もしないで済むし、学習には最適な環境かも知れません。
でもやっぱり、気の合う仲間とのお酒は至高のときです。はーっ、0ビスビールが恋し。
アッチ関係のはなし
期待している方、多いでしょう。
ねーよ!そんなもん!
某助先輩は非常にそのことに関心を寄せておられました。期待を裏切るようですが、イエメンはアッチ関係に関しては地の最果てでござんす。
ですがね、人間はそんな環境にも順応するものなんですね。なんといいますか、インフォメーションが日本にいたころからアップデイトされていないので、といっても要領は極極極小ですが、すんごく鈍感になっています。
あまり不自由は感じませんね。少し日本がカオス過ぎる面もあるのでは。
かといって!ソッチに目覚めたわけではないですからね!悪しからず。
ということで日本の男性陣、わかってもらえてかな?
ねーよ!そんなもん!
某助先輩は非常にそのことに関心を寄せておられました。期待を裏切るようですが、イエメンはアッチ関係に関しては地の最果てでござんす。
ですがね、人間はそんな環境にも順応するものなんですね。なんといいますか、インフォメーションが日本にいたころからアップデイトされていないので、といっても要領は極極極小ですが、すんごく鈍感になっています。
あまり不自由は感じませんね。少し日本がカオス過ぎる面もあるのでは。
かといって!ソッチに目覚めたわけではないですからね!悪しからず。
ということで日本の男性陣、わかってもらえてかな?
イエメン女性への一考察
イエメン入国時の話はまたいずれ。
最近はですね、生活のリズムが出来てきまして環境的にも申し分のない毎日をおくらせて もらっています。
日本語のアップがなかなかできなかったので、ちょっと飽きられちゃったかしら。
朝8時から授業が始まります。お相手はウサマ先生です。授業は英語で進みますが、かなり丁寧に教えてくれます。僕が珍答をすると、"イッヒッヒ"と、かのエディ'マーフィ氏のように笑われます。紳士的で優しい先生です。
午前は10時までの2時間、午後は3時30分から5時30分の計4時間です。なーんだ、と思われる方もいらっしゃると思いますが、宿題と予習、日本から持参したアラビア語の参考書を読んでいるとあっと言う間に、日付が。。。
授業の話にもどりますと、午後はアマル先生です。ノリのいい楽しいおっちゃんです。やる気のない時は露骨に態度にあらわしますが、徹底して基本を大事にする教授法なので、自分の力が伸びていることを実感させてくれます。そろそろ1カ月なので、印象が変わるようなことはないと思います。
イエメンに行く前に多くの、というかほぼ男性からですが、。。。な心配ばかりされました。特に某本くんに某澤くん、そして某助くん!
イスラム圏ということで、ポルノの類はたしかに皆無です。イエメンの状況のみですが、街の広告なども男性の被写体しかありませんし、そういった"雰囲気"のような場所も皆無です。
街ゆく女性は皆、アバーヤという黒い布で全身を覆い、 顔面をヒジャーブという頭巾を被っているので目しか判別できません。最初は薄気味悪かったものですが、慣れ始めると、ちょっとわが国のナデシコたちは露出が多いのでは。。。と思えてきます。余計なお世話ですよね。
かといって、イエメンの女性たちがオシャレを楽しんでいないか、というとそうでもないようなのです。現在の日常生活でイエメンの女性とかかわることはゼロですが、街ですれちがいざまに観察をしていますと、一見おなじアバーヤでも、ちょっと材質がちがったり、光沢のあるビーズがあしらわれていたりと結構多様です。
そして何といっても足下の裾からはみ出るジーンズ。だいたいこれで年齢層を予想します。なんだか完全に変態ですが、これもイエメンの現状を伝えるという目的のため。苦しい言い訳ですがご容赦を。
最近はですね、生活のリズムが出来てきまして環境的にも申し分のない毎日をおくらせて もらっています。
日本語のアップがなかなかできなかったので、ちょっと飽きられちゃったかしら。
朝8時から授業が始まります。お相手はウサマ先生です。授業は英語で進みますが、かなり丁寧に教えてくれます。僕が珍答をすると、"イッヒッヒ"と、かのエディ'マーフィ氏のように笑われます。紳士的で優しい先生です。
午前は10時までの2時間、午後は3時30分から5時30分の計4時間です。なーんだ、と思われる方もいらっしゃると思いますが、宿題と予習、日本から持参したアラビア語の参考書を読んでいるとあっと言う間に、日付が。。。
授業の話にもどりますと、午後はアマル先生です。ノリのいい楽しいおっちゃんです。やる気のない時は露骨に態度にあらわしますが、徹底して基本を大事にする教授法なので、自分の力が伸びていることを実感させてくれます。そろそろ1カ月なので、印象が変わるようなことはないと思います。
イエメンに行く前に多くの、というかほぼ男性からですが、。。。な心配ばかりされました。特に某本くんに某澤くん、そして某助くん!
イスラム圏ということで、ポルノの類はたしかに皆無です。イエメンの状況のみですが、街の広告なども男性の被写体しかありませんし、そういった"雰囲気"のような場所も皆無です。
街ゆく女性は皆、アバーヤという黒い布で全身を覆い、 顔面をヒジャーブという頭巾を被っているので目しか判別できません。最初は薄気味悪かったものですが、慣れ始めると、ちょっとわが国のナデシコたちは露出が多いのでは。。。と思えてきます。余計なお世話ですよね。
かといって、イエメンの女性たちがオシャレを楽しんでいないか、というとそうでもないようなのです。現在の日常生活でイエメンの女性とかかわることはゼロですが、街ですれちがいざまに観察をしていますと、一見おなじアバーヤでも、ちょっと材質がちがったり、光沢のあるビーズがあしらわれていたりと結構多様です。
そして何といっても足下の裾からはみ出るジーンズ。だいたいこれで年齢層を予想します。なんだか完全に変態ですが、これもイエメンの現状を伝えるという目的のため。苦しい言い訳ですがご容赦を。
2008年3月24日月曜日
What's the happening in Sana'a.
★イエメンで迫撃砲爆発、13人負傷 標的は米大使館か
イエメンの首都サヌアで18日、女子学校の敷地に迫撃砲が撃ち込まれ、生徒13人が負傷した。
米国務省は同日、攻撃の標的が学校近くの米大使館だったとの見解を示した。 国務省は一方、捜査が依然としてア行中であるとして、詳細を公表しなかった。 イエメン政府によると、負傷者13人のうち3人は重体。
同国政府は、同学校の校長をめぐる 個人的な争いが攻撃を招いたと主張し、米大使館との関連を否定している。 一方、周辺の事情に詳しい情報筋がCNNに語ったところによると、イエメン政府はこの攻撃を 「テロ事件」として捜査しており、犯人の捜査に乗り出したとみられる。
負傷者の中には大使館を 警備していたイエメン兵士が含まれていたとされ、政府が「警備上の不備から注意をそらす」 目的で、学校内部の紛争を指摘している可能性もあるという。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200803190011.html
イエメンの首都サヌアで18日、女子学校の敷地に迫撃砲が撃ち込まれ、生徒13人が負傷した。
米国務省は同日、攻撃の標的が学校近くの米大使館だったとの見解を示した。 国務省は一方、捜査が依然としてア行中であるとして、詳細を公表しなかった。 イエメン政府によると、負傷者13人のうち3人は重体。
同国政府は、同学校の校長をめぐる 個人的な争いが攻撃を招いたと主張し、米大使館との関連を否定している。 一方、周辺の事情に詳しい情報筋がCNNに語ったところによると、イエメン政府はこの攻撃を 「テロ事件」として捜査しており、犯人の捜査に乗り出したとみられる。
負傷者の中には大使館を 警備していたイエメン兵士が含まれていたとされ、政府が「警備上の不備から注意をそらす」 目的で、学校内部の紛争を指摘している可能性もあるという。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200803190011.html
2008年3月21日金曜日
Although it’s more likely that the mortar attack’s main target was the U.S. Embassy, students at the adjacent girls’ school are the ones paying the price.
SANA’A, March 19 — Students at the July 7 High School for girls remain shocked after their school was bombarded by three mortar rounds that exploded in the perimeter between the school and the U.S. embassy compound in Sana’a on Tuesday afternoon.
One Yemeni security guard stationed at the site died and five additional security personnel were injured. Also injured were 13 girls, three of whom are in critical condition and were flown to Jordan for urgent medical care.
Only a few girls dared attend school on Wednesday, while others remained at home to recover from the shock. Both the schoolyard and the neighborhood were packed with security still investigating the incident and attempting to restore stability.
[Yemen Times:Issue: (1139), Volume 18 , From 20 March 2008 to 23 March 2008 ]
wish peace.
SANA’A, March 19 — Students at the July 7 High School for girls remain shocked after their school was bombarded by three mortar rounds that exploded in the perimeter between the school and the U.S. embassy compound in Sana’a on Tuesday afternoon.
One Yemeni security guard stationed at the site died and five additional security personnel were injured. Also injured were 13 girls, three of whom are in critical condition and were flown to Jordan for urgent medical care.
Only a few girls dared attend school on Wednesday, while others remained at home to recover from the shock. Both the schoolyard and the neighborhood were packed with security still investigating the incident and attempting to restore stability.
[Yemen Times:Issue: (1139), Volume 18 , From 20 March 2008 to 23 March 2008 ]
wish peace.
2008年3月19日水曜日
can not type Japanese...
ummm. YIAL no PC de NET ga etsuran dekiru youni wa natta keredo...
nihongo ga utema shen!
seikatsu ha juncho desuga, nihon no mina san ha ogenki desyouka?
mina san sorezore no michi de kouhuku to sukoshi no odoroki ga arankoto wo negatte imasu.
nihongo ga utema shen!
seikatsu ha juncho desuga, nihon no mina san ha ogenki desyouka?
mina san sorezore no michi de kouhuku to sukoshi no odoroki ga arankoto wo negatte imasu.
2008年3月13日木曜日
3.2サナア
到着ゲートの周辺は深夜だというのに,すさまじい人だかり。みなさんワタシにものすっごい注視を浴びせます。ううっ
空港内は軍人さんもいっぱいです。カート(詳細はいずれ)をカミカミ,タバコをスパスパしながら警備をされています。もちろん脇には機関銃を携えて・・・
地球の歩き方に書いてあったルートで市内を目指すことを決めてはいましたが,如何せん深夜なので,タクシーは走っていても宿がありません。なので空港泊を試みます。
だけどまったく,現地の方々が立ち去る気配は見せず,ガヤガヤとしていました。明かりは煌々と着いていますし,袴の荷物も心配でしたのでまったく眠れず。
同じように朝を待つ,イタリアから来られたジャンルカさんと以前書いた中国からのおっちゃん・シェンさんと仲良くなりました。お互いのことや,旅のこと,もろもろを話しました。
すると,何だか人だかりに囲まれ始めました。どうやら私たち3人がとても珍しかったようで,イエメンのひとたちが寄ってきだしたようなのです。お互いカタコトの英語とアラビア語でコミュニケーションを取ります。
どっからきた?嫁はいるんか?日本はビジネスがすごいなぁ!イタリアはサッカー強いなぁ!バナナは好きか?
矢継ぎ早に質問が飛んできます。彼らはサウジアラビアから帰ってきたところだと言います。身なりはみぃんな粗雑で,大半が裸足でした。総じて右手の親指が緑色に染まっていました。総勢30人くらいの男性に囲まれると,さすがに息苦しいです・・・
と,あまりにうるさいからか,軍人に怒鳴られ,制止されてしまいました。
私たち3人は離れた座席に移動。すると,彼ら全員,正座をさせられてしまいました。
移動した座席に座っていたイエメン人の男性が話しかけてきました。かなり上等のスーツを召されています。アフマドさんというお医者さんだそうで,サウジのリヤドから帰ってきて,同じサウジのジェッダから友人が5:00着の便で来るので待っているそうです。
「あの大勢の人たちは何者ですか?」私はたずねました。
「ああ,彼らは不法就労者だよ。サウジから強制送還されて来たんだ」アフマドさんが答えました。
イエメン,初日からすごかったです。あまりにもすごい現実が,私の眼前に存在していました。確証を残すため,写真を撮っておきたかったのですが,空港内・近辺は撮影禁止でした。
つづきは次回。
空港内は軍人さんもいっぱいです。カート(詳細はいずれ)をカミカミ,タバコをスパスパしながら警備をされています。もちろん脇には機関銃を携えて・・・
地球の歩き方に書いてあったルートで市内を目指すことを決めてはいましたが,如何せん深夜なので,タクシーは走っていても宿がありません。なので空港泊を試みます。
だけどまったく,現地の方々が立ち去る気配は見せず,ガヤガヤとしていました。明かりは煌々と着いていますし,袴の荷物も心配でしたのでまったく眠れず。
同じように朝を待つ,イタリアから来られたジャンルカさんと以前書いた中国からのおっちゃん・シェンさんと仲良くなりました。お互いのことや,旅のこと,もろもろを話しました。
すると,何だか人だかりに囲まれ始めました。どうやら私たち3人がとても珍しかったようで,イエメンのひとたちが寄ってきだしたようなのです。お互いカタコトの英語とアラビア語でコミュニケーションを取ります。
どっからきた?嫁はいるんか?日本はビジネスがすごいなぁ!イタリアはサッカー強いなぁ!バナナは好きか?
矢継ぎ早に質問が飛んできます。彼らはサウジアラビアから帰ってきたところだと言います。身なりはみぃんな粗雑で,大半が裸足でした。総じて右手の親指が緑色に染まっていました。総勢30人くらいの男性に囲まれると,さすがに息苦しいです・・・
と,あまりにうるさいからか,軍人に怒鳴られ,制止されてしまいました。
私たち3人は離れた座席に移動。すると,彼ら全員,正座をさせられてしまいました。
移動した座席に座っていたイエメン人の男性が話しかけてきました。かなり上等のスーツを召されています。アフマドさんというお医者さんだそうで,サウジのリヤドから帰ってきて,同じサウジのジェッダから友人が5:00着の便で来るので待っているそうです。
「あの大勢の人たちは何者ですか?」私はたずねました。
「ああ,彼らは不法就労者だよ。サウジから強制送還されて来たんだ」アフマドさんが答えました。
イエメン,初日からすごかったです。あまりにもすごい現実が,私の眼前に存在していました。確証を残すため,写真を撮っておきたかったのですが,空港内・近辺は撮影禁止でした。
つづきは次回。
3.1イスタンブール~3.2イエメン・サナア
3.1 20:00発 トルコ航空,イエメン・サナア行。到着予定時刻はイエメン時間で深夜1:30。6時間の飛行です。座席は右隣にたぶん中国人のおじちゃん(後述),窓側には中央アジア系のおばちゃん。
離陸してからおじちゃんは後部の空席に移っていきました。途中でおばちゃんに,「ル93ふぇwhdfwjdj,ルースキー?」と聞かれました。たぶん,アンタはロシア語できるかえ?と言っているんだろうと思い,「ニエット,ヤボンスキー」と答えたら,おばちゃんガッカリ・・・
小型のエアバスで,狭い機内でしたが成田発よりも機内食はうまかったです。そうしていると,入国カードが配られ始めました。どっちが裏か表かはわかりませんが,英語の面とアラビア語の面がありました。
サラッとアラビア語で書きたかったところでしたが,紛うことなく英語で記入。書き終わったところで窓側のおばちゃんみたら,困り顔。助けを求められました。どうやらまったく英語が解せない様子。
パスポートと航空券,ビザのコピーを拝借し記入。御婦人はウズベキスタンから来られたアフマダさんという方でした。かなりふくよかな方で,狭い座席に苦しんでおられました。アフマダさんのビザの職業欄をみると「Neurosurgery Doctor=神経外科医」と英語で書かれていました。すごいです。
渡航目的は観光のようです。ちゃっちゃと済ませて眠ろうと試みるも,まったく眠れず。結局,1:40にサナア空港に到着。事前に東京でビザを取っていたおかげで入国はスムーズ。換金をして,空港の椅子で朝まで眠ろうしましたが・・・
離陸してからおじちゃんは後部の空席に移っていきました。途中でおばちゃんに,「ル93ふぇwhdfwjdj,ルースキー?」と聞かれました。たぶん,アンタはロシア語できるかえ?と言っているんだろうと思い,「ニエット,ヤボンスキー」と答えたら,おばちゃんガッカリ・・・
小型のエアバスで,狭い機内でしたが成田発よりも機内食はうまかったです。そうしていると,入国カードが配られ始めました。どっちが裏か表かはわかりませんが,英語の面とアラビア語の面がありました。
サラッとアラビア語で書きたかったところでしたが,紛うことなく英語で記入。書き終わったところで窓側のおばちゃんみたら,困り顔。助けを求められました。どうやらまったく英語が解せない様子。
パスポートと航空券,ビザのコピーを拝借し記入。御婦人はウズベキスタンから来られたアフマダさんという方でした。かなりふくよかな方で,狭い座席に苦しんでおられました。アフマダさんのビザの職業欄をみると「Neurosurgery Doctor=神経外科医」と英語で書かれていました。すごいです。
渡航目的は観光のようです。ちゃっちゃと済ませて眠ろうと試みるも,まったく眠れず。結局,1:40にサナア空港に到着。事前に東京でビザを取っていたおかげで入国はスムーズ。換金をして,空港の椅子で朝まで眠ろうしましたが・・・
2.29トルコ~

2.29 14:25 のトルコ航空に乗るため成田へ。チェックアウトの時の日本航空のアテンダントさんが,僕のパスポートに貼ってあるイエメンの観光ビザをまじまじと見て,「珍しいですねぇ」と言った表情がなんとも可愛らしかったです。
わざわざ見送りに来てくれた父親と別れ,トルコ航空でイスタンブールへ。13時間の飛行でしたが,機内ではビールを何杯も飲んで,座席のモニターでソリテアやマインスイーパなどのク○ゲーをして過ごしました。
トルコ映画もトライしましたが,あえなく挫折。そうこうしているうちにイスタンブールに到着。3年ぶりくらいの海外です。入国も非常にスムーズでした。サーオル・・・
メトロとトラム(トルコ版都電か?)を乗り継いで,バックパッカーズが密集しているスルタンアフメットへ。空港でもそうでしたが,トルコの若者はアジア人と,特に日本人とわかるとかなりしつこくどこかへ連れて行こうとします。
英語でまくし立ててやると,凹んで去っていきます。うーん・・・
しっかし,夜だからかイスタンブールは不気味な印象を僕に与えました。かなり交通の便もよく,街並みも洗練されているようなのですが,なにか荒涼としているというか,怪しげな様相をみせてました。
空港から40分ほどでスルタンアフメット(=ブルーモスク)へ。世界遺産登録されているスルタンアフメット。闇夜のなかにライトアップされたモスクの,その荘厳さと美麗さに圧倒されました。
3度の機内食で満腹だったので,そのままバックパックで一泊。翌日,ふたたびスルタンアフメットへ。やはりすごい外観です。いざモスク内へ・・・
んー,観光客だらけなのと,モスク内も修繕されており,あまりにキレイ過ぎて・・・
500リラを寄付して,次の世界遺産・トプカプ宮殿へ。
トプカプも・・・まぁ,見る人それぞれでしょうが,華美な宮殿よりもトプカプの丘から見えたボスポラス海峡は僕の心を揺さぶりました。対岸のモスク,フェリー,あたたかな太陽とボスポラス海峡の風・・・ほんとうに遠くに来たな,と格好悪くも感傷に浸ってしまいました。
もう遺跡はいいか,と近くの公園でサンドウィッチを食べ,市内をブラブラして17:00頃にふたたびイスタンブール・アタテュルク国際空港へ。空港のバーガーキングで夕食。チェックインを済ませ,搭乗ゲートでまったり。20:00発のトルコ航空・サナア行のゲートには,もはや日本人らしきひとの姿は見られず。
かなり疲れていましたが,離陸しても眠れず・・・
わざわざ見送りに来てくれた父親と別れ,トルコ航空でイスタンブールへ。13時間の飛行でしたが,機内ではビールを何杯も飲んで,座席のモニターでソリテアやマインスイーパなどのク○ゲーをして過ごしました。
トルコ映画もトライしましたが,あえなく挫折。そうこうしているうちにイスタンブールに到着。3年ぶりくらいの海外です。入国も非常にスムーズでした。サーオル・・・
メトロとトラム(トルコ版都電か?)を乗り継いで,バックパッカーズが密集しているスルタンアフメットへ。空港でもそうでしたが,トルコの若者はアジア人と,特に日本人とわかるとかなりしつこくどこかへ連れて行こうとします。
英語でまくし立ててやると,凹んで去っていきます。うーん・・・
しっかし,夜だからかイスタンブールは不気味な印象を僕に与えました。かなり交通の便もよく,街並みも洗練されているようなのですが,なにか荒涼としているというか,怪しげな様相をみせてました。
空港から40分ほどでスルタンアフメット(=ブルーモスク)へ。世界遺産登録されているスルタンアフメット。闇夜のなかにライトアップされたモスクの,その荘厳さと美麗さに圧倒されました。
3度の機内食で満腹だったので,そのままバックパックで一泊。翌日,ふたたびスルタンアフメットへ。やはりすごい外観です。いざモスク内へ・・・
んー,観光客だらけなのと,モスク内も修繕されており,あまりにキレイ過ぎて・・・
500リラを寄付して,次の世界遺産・トプカプ宮殿へ。
トプカプも・・・まぁ,見る人それぞれでしょうが,華美な宮殿よりもトプカプの丘から見えたボスポラス海峡は僕の心を揺さぶりました。対岸のモスク,フェリー,あたたかな太陽とボスポラス海峡の風・・・ほんとうに遠くに来たな,と格好悪くも感傷に浸ってしまいました。
もう遺跡はいいか,と近くの公園でサンドウィッチを食べ,市内をブラブラして17:00頃にふたたびイスタンブール・アタテュルク国際空港へ。空港のバーガーキングで夕食。チェックインを済ませ,搭乗ゲートでまったり。20:00発のトルコ航空・サナア行のゲートには,もはや日本人らしきひとの姿は見られず。
かなり疲れていましたが,離陸しても眠れず・・・
2008年3月11日火曜日
アラビア語学校
学校と寮がいっしょになっています。僕は学校の2階に住んでいます。
教室は1階もしくは2階です。
授業は午前10時から午後3時までです。
午前はウサマ先生で,歳はぼくと同じくらいだとおもいます。
午後はアマル先生,小太りのおっちゃんです。
教室と部屋の往復の毎日ですが,まぁ集中して語学習得ができるので環境としては問題ありません。
ただ個人授業なので,文法などの情報をインプットするのは早いですが,たくさん使うアウトプットには向いていません。まぁ,初級学者なのでいまは土台づくりの毎日です。
教室は1階もしくは2階です。
授業は午前10時から午後3時までです。
午前はウサマ先生で,歳はぼくと同じくらいだとおもいます。
午後はアマル先生,小太りのおっちゃんです。
教室と部屋の往復の毎日ですが,まぁ集中して語学習得ができるので環境としては問題ありません。
ただ個人授業なので,文法などの情報をインプットするのは早いですが,たくさん使うアウトプットには向いていません。まぁ,初級学者なのでいまは土台づくりの毎日です。
2008年3月6日木曜日
地図のない街
サナアは地図がないのです。正確にいうとあるらしいのですが,街の本屋や観光省にはありませんでした。ワオ・・・理由を,あるひとは「他国に攻められないためじゃ」,あるひとは「新しいものを作っている途中なんだよ」・・・さまざま。
なので,現地のひとに聞きながら目的地を目指します。地球の歩き方の地図が生命線です。僕は地球の歩き方を,ちょっと恥ずかしいものだと思っていましたが,今では地球の歩き方さまさまです。
昨日から授業が始まりました。1対1でしたが,教え方は丁寧に感じましたよ。午前はウサマ先生で午後はアマル先生でした。まぁ,はじまったばかりです。
そう,学校のコンピューターはWin XPなのですが,設定がアラビア語で使うのに苦労します。インターネットも試みましたが,日本語サイトは見れませんでした。コントロールパネルの設定をいじりましたが,だめでした。
なので,この更新も中心地タハリールのネットカフェからです。どなたか,日本語設定に詳しいかたがいましたらお知らせください。
なので,現地のひとに聞きながら目的地を目指します。地球の歩き方の地図が生命線です。僕は地球の歩き方を,ちょっと恥ずかしいものだと思っていましたが,今では地球の歩き方さまさまです。
昨日から授業が始まりました。1対1でしたが,教え方は丁寧に感じましたよ。午前はウサマ先生で午後はアマル先生でした。まぁ,はじまったばかりです。
そう,学校のコンピューターはWin XPなのですが,設定がアラビア語で使うのに苦労します。インターネットも試みましたが,日本語サイトは見れませんでした。コントロールパネルの設定をいじりましたが,だめでした。
なので,この更新も中心地タハリールのネットカフェからです。どなたか,日本語設定に詳しいかたがいましたらお知らせください。
2008年3月4日火曜日
明日から学校です。
サナアに来てから3つほどアラビア語学校を見てまわりました。
市内をひとつと,少し離れたところ。結局,学校と寮がひとつの建物の後者に決めました。
Yemen Institue for Arabic Language(YIAL)というところです。さっき見てきましたが,生徒はヨーロッパ人が多かったですね。といっても7人ほどですが・・・
寮の部屋も悪くなかったし,ネットもあります。問題は授業ですが,当初は複数人のクラスに行きたかったのですが,どの学校も生徒が少なく1対1の個人レッスンか,2人クラスだと説明されました。
YIALでは,1対1の個人授業を受けることにきめました。当初よりも少し高くつきましたが,僕は初級からはじめたいので,これでよしとしましょう。
個人授業なので今週の土曜日からでなく,明日からはじまることになりました。あーアラビアンスタイル・・・
授業は10~12時,13~15時の計4時間です。まぁ,ひと段落ついて後は勉強するだけです。やってやりますよ。
ブログを見てくださっている皆様,ありがとうございます。お手数とは思いますが,ガンガン コメントを書き込んでやってください。どうぞよろしく。
市内をひとつと,少し離れたところ。結局,学校と寮がひとつの建物の後者に決めました。
Yemen Institue for Arabic Language(YIAL)というところです。さっき見てきましたが,生徒はヨーロッパ人が多かったですね。といっても7人ほどですが・・・
寮の部屋も悪くなかったし,ネットもあります。問題は授業ですが,当初は複数人のクラスに行きたかったのですが,どの学校も生徒が少なく1対1の個人レッスンか,2人クラスだと説明されました。
YIALでは,1対1の個人授業を受けることにきめました。当初よりも少し高くつきましたが,僕は初級からはじめたいので,これでよしとしましょう。
個人授業なので今週の土曜日からでなく,明日からはじまることになりました。あーアラビアンスタイル・・・
授業は10~12時,13~15時の計4時間です。まぁ,ひと段落ついて後は勉強するだけです。やってやりますよ。
ブログを見てくださっている皆様,ありがとうございます。お手数とは思いますが,ガンガン コメントを書き込んでやってください。どうぞよろしく。
2008年3月2日日曜日
I'm in Arabia Felix
2月29日にトルコ航空でイスタンブル。1泊して3月1日20:00時の便で深夜の2時にイエメンの首都・サナアに到着。とにかくすごい国です。思ったよりも清潔で,今のところ不安はあまりないですね。不足の事態で大学を留年しそうになりましたが,なんとか追試のレポートを出して卒業できるようになりました,シュクラン・ジャズィーラン。
トルコでの一泊など書きたいことはもろもろありますが,のちほど。
このブログはサナア市内のネットカフェからアップしています。一応の生活環境は整いそうです。
だいご 現地時時間3月2日の午後4時
トルコでの一泊など書きたいことはもろもろありますが,のちほど。
このブログはサナア市内のネットカフェからアップしています。一応の生活環境は整いそうです。
だいご 現地時時間3月2日の午後4時
2008年2月28日木曜日
明日の深夜には
イスタンブル・・・そうトルコ最大の都市です。イエメンの前にトランジットのためによります。
チケットの都合上,トルコで1泊しなければなりません。
ついにヨーロッパです。たった1日ではありますが,楽しみですね。
ここ1週間は日本での諸処の後処理に追われ,友人や先輩とのしばしの別れを交わしたり,という日々でしたね。
みな「イエメンは安全なのか?」という心配が強く,変に気をかけさせてしまい申し訳なく思いました。
地元のくまぷとサトちゃんには,飲んだ後の帰り際にロクな挨拶もできず後悔仕切りです。
一応の目標は今年9月からの,エジプトもしくはクウェートへの奨学金留学に選ばれることです。双方とも,今年の募集はまだ2ヶ月先ですが,準備は抜かりなく進めています。
大学で特にお世話になった先生,御二方に推薦文の執筆を依頼もしてあります。
エジプトは応募に推薦文は必要ありませんが,クウェートは必要です。
クウェートはここ1年のハンドボールの影響があるのか,なしや・・・関係ないだろ?と思っている方も多いことでしょうが,外交というものは末端からまず影響が出ます。アメリカのキューバへ,日本の北朝鮮への経済制裁しかりです。
ま,とにかくそれは頭におきながらも,イエメンでアラビア語の習得に努めることが先決ですよね。
不安はつきまといますが,まずは現地に到達することだけを考えます。
サナアにはノートPCは持って行きませんが,現地のネットカフェから随時blogは更新する考えです。
チケットの都合上,トルコで1泊しなければなりません。
ついにヨーロッパです。たった1日ではありますが,楽しみですね。
ここ1週間は日本での諸処の後処理に追われ,友人や先輩とのしばしの別れを交わしたり,という日々でしたね。
みな「イエメンは安全なのか?」という心配が強く,変に気をかけさせてしまい申し訳なく思いました。
地元のくまぷとサトちゃんには,飲んだ後の帰り際にロクな挨拶もできず後悔仕切りです。
一応の目標は今年9月からの,エジプトもしくはクウェートへの奨学金留学に選ばれることです。双方とも,今年の募集はまだ2ヶ月先ですが,準備は抜かりなく進めています。
大学で特にお世話になった先生,御二方に推薦文の執筆を依頼もしてあります。
エジプトは応募に推薦文は必要ありませんが,クウェートは必要です。
クウェートはここ1年のハンドボールの影響があるのか,なしや・・・関係ないだろ?と思っている方も多いことでしょうが,外交というものは末端からまず影響が出ます。アメリカのキューバへ,日本の北朝鮮への経済制裁しかりです。
ま,とにかくそれは頭におきながらも,イエメンでアラビア語の習得に努めることが先決ですよね。
不安はつきまといますが,まずは現地に到達することだけを考えます。
サナアにはノートPCは持って行きませんが,現地のネットカフェから随時blogは更新する考えです。
2008年2月21日木曜日
ペルセポリス
新宿にペルセポリス(http://persepolis-movie.jp/)というアニメを観に行ってきました。
イランを主に舞台にした,マルジという女の子の物語です。
フランスで作成され,言語もフランス語です。いやぁ,おもしろかったです。
画はコミカルなタッチなんですが,内容が非常に政治的です。イランの宗教革命にはじまり,イラン・イラク戦争。時代背景はほんの数十年前ですが,マルジの成長とイラン社会の変動のシンクロが非常に興味深かったです。
この映画の元となった本の著者であるマルジャン・サトラピさんに興味が湧いてきました。
これから行くイエメンは,中東のなかでも比較的治安が良いそうです。だからこそ,ぼくは留学先に選定しました。でも,このイランは今でこそアラブの大国ですが,凄惨な過程を経て現在の姿になっているのだなぁ,と自分の浅学さを痛感です。
イラク,アフガニスタンに至っては戦火の真っ只中・・・自分の命があってこそですが,アラビア語をしっかり学んでイエメンを知り,中東を知れれば,と思います。
イランを主に舞台にした,マルジという女の子の物語です。
フランスで作成され,言語もフランス語です。いやぁ,おもしろかったです。
画はコミカルなタッチなんですが,内容が非常に政治的です。イランの宗教革命にはじまり,イラン・イラク戦争。時代背景はほんの数十年前ですが,マルジの成長とイラン社会の変動のシンクロが非常に興味深かったです。
この映画の元となった本の著者であるマルジャン・サトラピさんに興味が湧いてきました。
これから行くイエメンは,中東のなかでも比較的治安が良いそうです。だからこそ,ぼくは留学先に選定しました。でも,このイランは今でこそアラブの大国ですが,凄惨な過程を経て現在の姿になっているのだなぁ,と自分の浅学さを痛感です。
イラク,アフガニスタンに至っては戦火の真っ只中・・・自分の命があってこそですが,アラビア語をしっかり学んでイエメンを知り,中東を知れれば,と思います。
2008年2月20日水曜日
後9日
中途半端にblogをはじめます。
まだ日本です。今月29日に,成田→イスタンブール(トルコ):1泊→3月1日にサナア(イエメン),の道程でイエメンに行きます。
一通り必要なものは揃えました。高校のときにニュージーランドへ留学したのですが
その経験というか,くせというか,どうもスーツケースに抵抗があります。ですので3年間,おおきなスポーツバッグを2個かついで太平洋を縦断していました。よくそんなめんどうくさいことやっていたよなぁ・・・
スーツケースがもっとも荷物が入るでしょうし,なにより飛行機から下ろされて
コンテナでホン投げられても頑丈でしょう。
で,今回はまず3ヵ月ほどイエメンに行く予定なのですが,いちばんデカいバッグパックで行こうと思います。昨日,御茶ノ水のアウトドアショップで購入してまいりました。ついでに寝袋も。
むこうでは何が起こるかわかりませんので,どこでも寝られるように備えようと思いましてね。
さぁてビザの申込書でも書くかな。
まだ日本です。今月29日に,成田→イスタンブール(トルコ):1泊→3月1日にサナア(イエメン),の道程でイエメンに行きます。
一通り必要なものは揃えました。高校のときにニュージーランドへ留学したのですが
その経験というか,くせというか,どうもスーツケースに抵抗があります。ですので3年間,おおきなスポーツバッグを2個かついで太平洋を縦断していました。よくそんなめんどうくさいことやっていたよなぁ・・・
スーツケースがもっとも荷物が入るでしょうし,なにより飛行機から下ろされて
コンテナでホン投げられても頑丈でしょう。
で,今回はまず3ヵ月ほどイエメンに行く予定なのですが,いちばんデカいバッグパックで行こうと思います。昨日,御茶ノ水のアウトドアショップで購入してまいりました。ついでに寝袋も。
むこうでは何が起こるかわかりませんので,どこでも寝られるように備えようと思いましてね。
さぁてビザの申込書でも書くかな。
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